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インタビュー 翻訳家の野沢佳織さん 『ソンジュの見た星』の少年に起きたこと、著者の思いを知ろう。そして、想像してみよう。

徳間書店から2019年5月に刊行された十六歳で脱北した著者が北朝鮮での過酷な少年時代を綴ったノンフィクションの話題作、『ソンジュの見た星』(リ・ソンジュ&スーザン・マクレランド 著)について翻訳家の野沢佳織さんにうかがいます。


書影

 
日本YA作家クラブ会員インタビュー第6弾は、会員さんへのアンケートとメールのやりとりをもとに、世話人の梨屋アリエが報告します。最新のYA作品や、みんなが知っているYA作品、YA層に読んで欲しい作品、その他、会員さんの情報としてYA作品以外の本の情報も、発信していきます。掲載順は、会員さんのお仕事のご都合に合わせて。更新は不定期になります。どうぞよろしくお願いします~。
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野沢佳織さんにインタビュー!!

野沢佳織さんは、たくさんのYA作品や児童文学の翻訳でおなじみの翻訳家さんです。西村書店の新装版のバーネット著『秘密の花園』のほか、ロバート・ウェストールやシド・フライシュマン、キース・グレイ、共訳ではニール・ゲイマンなどなど人気作品を翻訳されてきています。


『ソンジュの見た星』について教えてください。


(野沢さん) 16歳で「脱北」した著者が、北朝鮮での少年時代をつづった自伝的な作品です。首都・平壌で幸せに暮らしていたソンジュは、軍人の父親の失脚により、地方の見知らぬ町へ。深刻な食料不足のなか、両親とはぐれ、家も失い、仲間の少年たちと盗みをしながら必死に生きのびます。


(梨屋)著者ご本人の体験を元にした小説なのですね。おおよその対象年齢はどのくらいですか?

(野沢さん) 中学生以上です。


(梨屋)野沢さんが脱北者の本を訳されたと聞いたとき、えっ、韓国語もわかるの!? と一瞬、早とちりしました。原著は英語なのですね。

 どんなきっかけで、この本を翻訳されたのですか?


(野沢さん)出版社からの依頼でした。YA向けに英語で書かれた脱北者の手記はとても珍しく、ぜひ訳させてくださいと即答しました。北朝鮮のふつうの人々がどんなふうに暮らし、どんなことを考えているのか知りたかったし、それを多くの人に伝えられればと思いました。


(梨屋)ソンジュさん自身が英語で書かれたのでしょうか。共著に名前のあるスーザン・マクレランドさんはどのような方ですか?


(野沢さん)はい。ソンジュさんは脱北後、韓国の大学に在学中、交換留学生としてアメリカの大学で英語を学び、卒業後はイギリスの大学の修士課程(専攻は国際関係学)に進みました。この作品は、彼が英語で書き、一章書き終えるごとに共著者のマクレランドさんに送ってチェックしてもらい、修正を加えていったそうです。

 参考までに、ソンジュさんが自身の経歴を語っている動画があります。きれいな英語で話されています。

 ただ、本書の内容と重なっているので、読んだあとに見るほうがいいかもしれません。


マクレランドさんはカナダ出身のフリー・ジャーナリストで、おもに女性や子どもをめぐる問題を取材していて、困難な体験をした人たちとの共著書が多数あります。日本語に訳されているものでは、本書のほかに『両手をうばわれても――シエラレオネの少女マリアトゥ』があり、こちらもおすすめです。


翻訳中、編集作業中の出来事で印象に残っていることは?


(野沢さん)朝鮮半島はかつて日本の植民地だった、という知識はありましたが、あらためて資料を読み、実際にどんなことが行われていたかを知って愕然としました。たとえば、朝鮮の人たちの名前を日本風の名前に変えさせたり、村ごとに神社をつくって強制的に参拝させたり、学校では日本語教育を最優先して朝鮮語の使用を事実上禁じたり、といったことです。作品の中でも、ある老婦人が「おそろしい時代だったよ。あたしたちはみんな、日本人の奴隷にされてね……」と語る場面があります。その言葉が胸に刺さり、そして思ったんです。日本が第二次世界大戦に敗れたあと、植民地だった朝鮮半島はアメリカとソ連によって南北に分断され、今もふたつの国に分かれたままだけれど、もし日本の植民地にならなかったら、分断は起こらなかったかもしれないし、社会のしくみや人々の暮らしも今とちがっていたかもしれない、って。歴史に対する自分の認識がいかに表面的か、ということに気づかされました。

 作品の中で、ソンジュとその仲間はいくつもの街を渡り歩きます。そこで、読書の助けになるよう、簡単な北朝鮮の地図を巻頭に入れたいですね、と編集者と話しあい、著者から了解をもらおうとしたんですが、エージェントを通じて断られました。原書にないものはいっさい加えないでほしい、とのことでした。また、原書の内容に忠実に訳し、絶対に変更を加えたりしないように、という著者の意向も伝えられました。もちろん、そのとおりにしましたが、そうしたやりとりを通じ、著者は、かつて祖国の人々を苦しめた日本人を信頼できないのだなと強く感じました。


(梨屋) 読み手としては、翻訳作品には地図などの資料を入れていただきたいですが、そのような著者の意向があったのですね。


今あらためて紹介したい理由は?


(野沢さん)ミサイル発射や拉致問題の報道から、わたしたちは北朝鮮に対し、「独裁者が支配する、閉ざされた理解しがたい国」というイメージを抱きがちですよね。でも、この作品を読んで、その国に暮らす人たち、ひとりひとりの顔がぼんやりとでも見えてきたらいいなと思います。知って、考えて、想像することが、何かを変えるための初めの一歩になると信じたいです。


出版社のサイト

https://www.tokuma.jp/book/b493616.html

野沢さん インタビューのページ

https://www.tokuma.jp/news/n33616.html


作者のソンジュさんのインタビュー動画



著者


野沢佳織さんProfile


東京都(多摩地区)在住。

翻訳家。






執筆以外の最近の活動や関心ごとを一言おねがいします


(野沢さん) Bunkamuraザ・ミュージアムへ「ミロ展」を見にいくのを楽しみにしています。美術には詳しくないけれど、気に入った作品をぼうっとながめるのが好きで、ミュージアムショップでグッズを見るのも好きなんです。

 あと、自信はまったくないんですが、いつかボルダリングに挑戦してみたいです。


(梨屋)ボルダリング、楽しそうですよね。野沢さん、鍛えていらっしゃるのですね。小学生のころにボルダリングがあったら、わたしもやってみたかった……今はどう考えても無理。これから挑戦したいと思える時点で、野沢さんの勝ちです。 「ミロ展」は4/17まで。国内では20年ぶりの大規模なミロ回顧展だそうですね。  しっかりコロナ対策をして、今年こそ春を楽しみたいです。



さいごに、翻訳のお仕事について質問です


(梨屋)野沢さんは共訳で出版されることがありますね。一人で訳すときと共訳をするとき、どのような違いがありますか? どういう経緯で決まるのですが? 一人の時、共訳の時に大変なことはなんですか?


(野沢さん)共訳は、師匠の金原瑞人先生から声をかけていただいて決まることが多いです。翻訳の作業自体は、共訳でも一人でも、あまり変わりません。一人の時に大変なのは、原文の解釈や訳し方に迷ったとき、すぐに相談できる相手がいないことと、自分の誤訳を自分で見つけなければならないこと(これがとても難しいのです)。共訳だと、相談もできるし誤訳も見つけていただけるし、勉強にもなるし、いいことずくめですが、そもそも難易度の高い、長い作品が多くて、それが大変です。


その他の訳書 (コメントは野沢さん)


2021年5月『キルケ』(マデリン・ミラー作、作品社)……ギリシア神話の女神で、魔女でもあるキルケの視点から、人間に火をもたらしたプロメテウスの処刑、クレタ島の怪物ミノタウロスの誕生、オデュッセウスとの出会いなどを語り直した作品。一般書ですが、ギリシア神話に興味のあるYAの読者にはおすすめです。


2022年2月『なかよしの犬はどこ?』(エミリー・サットン作、徳間書店)……お父さんとふたり、知らない町にひっこしてきた幼い女の子に友だちができるまでを描いた絵本。

そのほかの近刊(翻訳)



野沢佳織さん、ご協力ありがとうございました!


創刊号

野沢さんには、「日本YA作家クラブ ニューズレター 第4号」の「作家・翻訳家のお気に入り調査隊」コーナーにご登場いただきました。

 

日本YA作家クラブでは年に二回、図書館や学校図書館、読書推進活動をしている団体様向けに、ニューズレターを発行しています。ニューズレターについての情報は、公式サイトを御覧ください。下の図からリンクしています。




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